小原宿本陣の建物
重厚な門構えの小原宿本陣の建物。県の重要文化財に指定されている。
 
甲州道中は江戸幕府によって整備された五街道の一つで、日本橋から甲府を経て、信濃の下諏訪宿まで約220キロ(53里)の道のりに、38の宿場が置かれていた。近世初頭には甲州海道と呼ばれたが、18世紀初めの街道呼称整備で「甲州道中」と改められた。その道筋も、多摩川近くを通る調布~谷保間などでは、度重なる洪水のため、平行する道路へ何度か変更されたという。
 
甲州道中は江戸幕府において、万が一、江戸城が陥落した時に、甲府までの将軍の避難路となることを想定して造られものであった。そのため街道沿いは砦の役割をする寺院を多く置き、主要街道としては距離が短いにも関わらず、小仏と鶴瀬の2か所に関所を設けていた。
 
ところで参勤交代に甲州道中を使ったのは信濃高遠藩、高島藩、飯田藩の3藩のみであった。下諏訪宿から江戸までは甲州道中の方が距離が短いのに、他の藩が中山道を使った理由には、物価の高さや道路の整備状況などがあったという。甲州道中はまた甲府城に勤める役人「甲府勤番」や、富士山や身延山、善光寺への参詣者、そして幕府ご用達の宇治茶を届ける宇治採茶使にも利用された。
 
甲州道中のそれぞれの宿場ができた時期ははっきりしていないが、戦国期の16世紀あたりから少しづつ整備が進んでいたようである。各宿場には大名や旗本、幕府の役人、勅使などの専用宿泊所である本陣や、その補助の脇本陣などが置かれ、それには各地域の名主や宿役人の問屋の居宅が指定されていた。
 
小原宿は、甲州道中が小仏峠を越え、相模国に入って最初の宿場だ。江戸時代、神奈川県には東海道と甲州道中を合わせて26軒の本陣があったが、現存する本陣はこの小原宿本陣(当地の名主・問屋を務めた清水家の建物)のみという。本陣へは相模湖駅からバスでも至れるが、山々の紅葉を楽しみながら20分ほど歩くと石垣の上に立派な門が現れる。築後200年は経過しているという本陣に足を踏み入れると、そこだけ時間が止まったような不思議な感覚に陥った。
 
小原の郷
小原の郷では本陣所蔵の古文書や小原宿に関係する史料などが展示され、地域の特産物なども販売されている。
 
 
[INFORMATION]
小原宿本陣
相模原市緑区小原698-1
TEL:042-684-4780
開館時間:9:30~16:00(入館は15:30まで)
休館日:月曜・年末年始
入場料:無料
 
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