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【風のタイムトリップ vol.61】古代の川崎の郡寺 聖徳太子ゆかりの 「影向寺」


 
 前回のタイムトリップでは、古代の川崎の役所・橘樹郡衙跡を紹介したが、その近くにあるのが、橘樹郡の郡寺と伝えられる「影向寺(ようごうじ)」である。
 影向寺の縁起によれば739(天平11)年、聖武天皇の皇后である光明皇后が病に伏したおり、聖武天皇が夢のお告げで、武蔵国橘樹郡橘郷に霊石があることを知った。さっそく高僧行基を遣わして祈願させたところ、皇后の病気が快癒したという。これにより翌年、勅命によりこの地に伽藍が建立された。今も、寺の境内の東南の隅には、この霊石と伝えられる影向石が残されているという。
 春まだ浅い3月の初め、影向寺を訪れると、石段を上った山門の向こうに、歴史ある荘厳な佇まいの薬師堂が見えた。薬師堂は、江戸時代初期に火事で焼失したが、その直後に復興した。現在の薬師堂は建築様式からも、寛文年間(1661〜1672年)に再建された当時のものとされている。また背後の安置堂内には、ご本尊の木造薬師如来坐像や両脇寺立像(共に川崎市の重要文化財)などが納められており、いずれも風格ある穏やかな表情を持つ平安時代後期の作品であるという。
 ところで影向寺の境内の中でとりわけ目を引くのが「聖徳太子堂」と呼ばれる八角形をしたお堂だ。この中には木造の聖徳太子立像(室町時代)か納められており、太子堂の前の説明板によれば、「父君、用命天皇の病気平癒を願う御尊姿の聖徳太子孝養像を安置礼拝供養す」と書かれている。奈良の都から遠く離れたこの地に、日本古代史の重要な人物である聖武天皇や聖徳太子ゆかりの寺があると思うと、なんだかとても誇らしい気持ちになった。
 この聖徳太子堂や薬師堂を見守るようにして立つのが、推定樹齢600年、樹高28メートルの大銀杏だ。「影向寺の乳イチョウ」と呼ばれる木で、江戸時代には「乳柱を削って汁を飲むと、乳が出るようになる」とのいわれがあった。当時の絵馬にも、乳しぼりの絵図が多かったというが、幹に手を触れると、この木に願いをかける母親たちの思いが伝わってくるようであった。
 
聖徳太子堂
法隆寺の夢殿に代表される八角形堂と同様の形をした聖徳太子堂。
 
薬師堂
江戸時代初期の再建とされている威風堂々たる本殿の薬師堂。
 
大銀杏
お乳が出るとのいわれで、江戸時代、母親たちの信仰を集めた大銀杏。
 
61回地図(広域)61回地図(詳細)

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