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【風のタイムトリップ vol.60】橘樹郡衙跡 「たちばな古代の丘緑地」


 
 7世紀、古代政権の大和朝廷が行った律令制のもとで国や郡が整備されると、川崎市のほぼ全域(麻生区では金程・高石・百合丘・東百合丘以東)は「武蔵国橘樹郡(むさしのくにたちばなぐん)」となった。その郡の役所である「郡衙(ぐんが)」が、現在の高津区千年周辺に置かれていたのではないかと推定された。川崎市では、1998(平成10)年から6年かけて推定地の発掘調査を行った結果、「橘樹郡衙」に関連すると考えられる42棟以上の掘立柱建物跡などを発見した。その中でも千年伊勢山台では、これら官衙(国の役所)の創設期のものと考えられる正倉群(倉庫)が発見された。川崎市ではここを緑地化整備し「伊勢山台官衙遺跡」と名付けて市の重要史跡とし、将来にわたり建物跡を地下に保存し、活用していくこととしたという。
 南武線の武蔵溝ノ口駅からバスに乗り、橘小学校前で降りる。バス通りから、民家の間を縫う路地を丘上の方向に歩いていくと、その行き止まりに急な石段。登り切った小道を道なりに歩いて行くと、目の前にフェンスで囲われた緑の原っぱが広がった。
 この伊勢山台橘樹官衙遺跡群(高津区千年、宮前区野川)は実は2014年11月21日に、国の文化審議会から国史跡に指定するよう文部科学大臣に答申され、2015年3月10日、正式に川崎市では初の国史跡に指定されたという。フェンスには「本市初の国史跡指定」という横断幕がいまだに掲げられており、「たちばな古代の丘緑地」と大きく書かれた案内板が、おりから満開の桃色の河津桜の下に誇らしげに立っていた。
 緑地内入り口には「橘樹郡衙跡」という石碑が建っているが、敷地には、ちょうど反対側にベンチと史跡の案内板がある他は何もない。早春の陽光の中で、赤ちゃんとボール遊びをする若いお母さんや、縄跳びをして遊ぶ3人の小学生の女の子たちの姿が、なんともほほえましい。1400年前もの国の役所が、国指定史跡であるにも関わらずこんな形で保存され、市民に開放されていることを実にうれしく思った。
 
郡衙史跡の説明板
橘樹館郡衙跡の敷地の角の河津桜の木の下に、郡衙史跡についての説明板がある。
 
横断幕
2015年の春に川崎市で初めて国の重要史跡に指定された時の横断幕が、今も掲げられている。
 
橘樹郡衙跡石碑
橘樹郡衙跡は入り口に石碑と、反対側に休憩ペンチがひとつあるだけの広々とした原っぱだ。
 
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