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【風のタイムトリップ vol.2】時が止まったようなのどかな佇まい、枡形城址から広福寺へ


 
今月のタイムトリップは生田緑地の中にある枡形城址を訪れる。生田緑地へは向ヶ丘遊園駅東口から府中街道「稲生橋」の交差点を渡り南へ。生田緑地の東口附近から枡形城址への登山道があるが、北口からも長者穴古墳群や飯室山を通って登ることができる。
 枡形城は、前回で紹介した「小沢城」の築城主・稲毛三郎重成が建久年間(1190~8年)に、枡形山(地形が枡の形に似ていることに由来か)に建てた山城だ。当時、登戸や二子玉川、小杉の丘陵にはいくつかの山城が建ち、鎌倉幕府の北の防衛線を成していた。その中でも枡形城は重要視され、戦国時代に廃城となるまで幾度となく合戦の舞台になったという。
 城の主郭(本丸など城の主要な建物)があった山頂部分は現在、枡形山広場として整備され、そこへ至る登山道には「七草峠」や古い石垣などが残り、往時の雰囲気を漂わせている。山頂広場入り口には「枡形門」と書かれた冠木門が堂々と構えていた。  
 枡形城は、山頂を130m×80mに削平して主郭を築き、反対側の飯盛山に出丸(物見)を築いていたというが、土塁や空堀などの城の遺構は何も残されていない。広場の中心には展望台が造られ、その上からは都心の高層ビル群や丹沢の山並みが見渡せた。また広場の奥には城祉碑と伊藤葦天の「馬場あとも やかたあとも 秋の風 」の句碑が現存する。
 山頂からその昔、武者たちが城へと掛け上がったという「くらやみ坂」(かつては木々が生い茂り昼でも暗かったことから)を下り、稲毛三郎の館跡のある「広福寺」へと歩く。寺の門には「稲毛館跡」という木の表札が架けられ、今にも館主の重政が出てきそうな、ゆるやかな時が流れていた。
 
登山道
登山道
 
枡形門
枡形門
 
枡形山展望台
枡形山展望台
 
句碑
句碑
 
広福寺
広福寺
 
風のタイムトリップ 第2回地図

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