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【風のタイムトリップ vol.3】麻生区周辺に残る、源義経の足跡を訪ねる


 
 今回の風のタイムトリップは、麻生区周辺に数多く残る、義経の足跡を辿る。
 津久井街道の古沢の信号からのどかな小道を500mほど歩くと、細い路地との分岐右手に「九郎明神社」の立て看板がある。古沢地区は、源頼朝の平家打倒の挙兵を受け、義経が奥州から鎌倉へ馳せ参じる途で逗留したと言われる場所。当地に残る言い伝えでは、義経が当村に泊めてもらったお礼に村民に与えた刀を、鎮守として祀ったのが明神社の始まりという。神社には、かつて義経の「鉄扇」が祀られていたとも言われる。石段を登り詰めると、周囲を竹林に包まれた境内に、小さな古いお堂がポツンと建っていた。静寂の中に、とてつもなく神聖な空気が流れているのを感じた。
 津久井街道から高石陸橋を左折すると細い水路のような五反田川を渡る。ここに架かるのが「二枚橋」。「治承4年、義経が鎌倉を目指す途でこの橋を渡ろうとしたが、粗末だったので弁慶らが作り治した。丸太橋は、のし餅を2枚重ねたようなので二枚橋と名付けられた」との説明板がある。伝承の真偽は分からないが、この先の「寿福寺」には、義経の写経や遺品が残されているというので、そんなことがあったとしても不思議ではないと思った。
 寿福寺はまわりを山々に囲まれた仙郷にあるが、黒松並木が続く参道は風情ある佇まいだ。「江戸名所図会」には「大般若経600巻…そのうち、源義経と弁慶が筆跡なりと称するもの4巻ありて、その名を注せり。相伝ふ、文治年間(1185〜1190)源義経と弁慶しばらくこの地に憩ひ…」とあり、当寺にはまた義経と弁慶の鐙二具と袈裟も残されているという。見晴らしの良い山門に立ち、眼下を眺めていると、義経主従が人目を忍び山道を登ってくるような気さえしてくる。
 
九郎明神社入口
九郎明神社入口
 
九郎明神社
九郎明神社
 
二枚橋
二枚橋
 
寿福寺
寿福寺
 
寿福寺
寿福寺
 
寿福寺
寿福寺
 
寿福寺
寿福寺

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