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【風のタイムトリップ vol.4】三沢川を歩き 幻の稲城長沼城を訪ねる


 
 今回の風のタイムトリップは、稲城市長沼にある「長沼城祉」を訪ねる。
 京王よみうりランド駅を降り、三沢川にかかる矢野口橋から川沿いの遊歩道を歩き始める。三沢川は町田市小野路町を水源とする川で、最近、護岸整備が終わり、河原で水遊びもできるようになった。吉方橋を経由して本郷橋に至るまでは、梨畑や左手中空に南山の切り立った断崖を見ながら歩く。遊歩道は木々がうっそうとした木立を作り、夏場でも涼しく歩けて快適だ。 
 右前方に稲城市役所が見えると、その先が馬橋。さらに欄干橋、水車橋と続き、亀山橋に至る。「亀山橋」は中世の頃、附近に亀山(きざん)と呼ばれる尾根があったことに由来する名。その尾根の上に、長沼城が立っていたと言う。

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亀山橋の袂には「長沼城・報恩寺跡地」と書かれた石碑があり、「この地は、昔、源頼朝に仕えた長沼五郎宗政一族の館(長沼城)のがあった所(後略)」と記されていた。 
 長沼氏は、源頼朝に従った小山政光の次男「宗政」が下野国芳賀郡長沼(現:真岡市)に領地を得て称したのが始まりという。

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 ところで城があったという亀山の丘はどこに行ってしまったのだろう。川の南側の通り沿いにある古刹、常楽寺まで歩き、それと思われる方向を眺めたが、それらしき丘はない。史料によればここには1963(昭和38)年頃までは台地状の丘があったが、土砂採掘により丘陵ごと削られたという。つまり長沼城は、城山ごと消失してしまった、幻の城だったのである。
 一説によれば、稲城という地名の「城」は小沢城(矢野口)、長沼城(長沼)、大丸城(大丸)にあった三つの城に因んだものだと言う。市名の由来となった城山を削り取るとは、なんと無残なことだろう。
 夏空の下、今はもう跡形もない幻の尾根を眺めていると、なんだかむなしさがこみあげてくるのだった。
 
三沢川遊歩道
三沢川遊歩道
 
亀山橋
亀山橋
 
常楽寺から亀山方向
常楽寺から亀山方向
 
常楽寺山門
常楽寺山門
 
長沼城碑
長沼城碑

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