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【風のタイムトリップ vol.7】後白河法皇の皇女、笹子姫ゆかりの寺と笹子稲荷に伝わる話


 
 平家全盛の世の治承元(1177)年、京都東山の鹿ヶ谷で平清盛打倒を企てたとして、首謀者の西光、俊寛らは斬罪と流罪。後白河法皇も院政停止に追い込まれ、後に幽閉される。その皇女である笹子姫は、平家の抑圧から逃れるために翌年、従者らと共に都を発ち、ここ麻生区に流れ着いた。万福寺や高石にはその足跡が、今も鮮明に残されているのだ。

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 皇女の無事を知った法皇は、姫の安泰を祈願して一刀三礼仏(仏像を一刀彫るごとに刀を措いて三拝して入魂する彫刻法)の阿弥陀如来を送り届けた。笹子姫はこれを安置するために堂宇を建て、阿弥陀如来を守って余生を過ごしたと言う。それが現在、高石にある法雲寺で、同寺にはその阿弥陀如来と、住職が廻向した笹子姫の位牌が共に安置されている。阿弥陀如来は、2005年、京都博物館に修繕に出した際、平安末期の藤原時代に流行した定朝様の作風であることがわかったという。現在、川崎市の重要文化財に指定されており、法雲寺では年に2度(2月15日と10月15日)にご開帳が行われている。

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 一方、津久井街道から麻生郵便局に至る、かつて「笹子農道」と呼ばれていた通り沿いに「笹子」といううどん屋さんがある。ご主人の中島氏曰く「お店の名は屋号の『ささご』に由来したもの。自宅の裏山には、昔から笹子稲荷が祀られていましたが、そのあたりにはもともと笹子姫と乳母や従者のお墓があったらしいのです」笹子姫は霊力が強く、以前、お稲荷さんの回りの邪魔な木を勝手に切った人の手が動かなくなったこともあったという。万福寺エリアの開発後、笹子稲荷の祠は笹子うどん店の隣に移されたが、祠の中には、中島さんが子どもの頃に彫ってもらった「狐の上に乗る笹子姫の神像」が安置されている。
 
笹子稲荷
笹子稲荷の祠
 
阿弥陀如来
阿弥陀如来 中島洋一氏提供
 
法雲寺
法雲寺
 
開山塔
法雲寺の開山塔

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