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【風のタイムトリップ vol.9】地域に残る、お正月の神事高石神社、長尾神社、子之神社の射的祭り


 
 麻生区の高石神社や多摩区の長尾神社、子之神社では、正月になると神前で的を射てその年の豊作祈願と村内安全(無病息災)を祈る射的祭が行われる。射的祭には馬に乗って矢を射る流鏑馬と、馬を使わない歩射があるが、これらはみな歩射形式で行われている。

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 射的祭の起源は今から約1400年前の天武天皇の御世に行われた矢馳馬(ヤバセメ)だと言われる。流鏑馬の字が当てられ、公家の神事として定着したが、鎌倉時代に入ると武士の儀式として盛んに行われたことが史書『吾妻鏡』には記されている。一方これとは別に、平安時代に射礼(ジャライ)と呼ばれる歩射形式の射術が、宮廷の公事として行われていたとの記録もあるという。

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 川崎市に残る射的祭は、もともとは流鏑馬形式だったと言うが、いずれにしてもこれらが古代から引き継がれた神事であることは間違いない。
 三社の中でも長尾神社の「マトー」と呼ばれる射的祭はちょっと変わっている。射手を氏子の7歳未満の長男(実際に射るのは介添と呼ばれる父親たち)が務め、射的の際には、中央に稚児とその両脇に介添が正座し、座ったまま矢を射る「座射」なのだ。高石神社の流鏑馬と子之神社の「お的」は、神官が鬼門と裏鬼門と的に矢を射た後に、氏子が射的を行い、見物客も参加できるというものだ。そして的の裏には「鬼」の字が書かれており、これを射抜くとその年の五穀豊穣と無病息災が約束されるというのはどこも共通している。
 昨年のお正月、子之神社のお的祭に出かけてみた。古来続けられてきた神事なので、さぞや神妙な儀式なのだろうと思いきや、地域の住人たちが的当てをして1年の運だめしを楽しむという実に和気藹々としたものだった。地域に残るこうした伝統行事は、自分が日本という風土に生まれ育ったことを再認識させてくれる。是非とも守り続けていって欲しいと切に思った。
 
長尾神社拝殿
多摩区長尾にある長尾神社拝殿
 
子之神社で矢を射る神官
多摩区菅にある子之神社の「お的祭」で矢を射る神官
 
的
お的祭に使われる的
 
射的をする子どもたち
お的祭で射的にチャレンジする子どもたち

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