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【風のタイムトリップ vol.10】黒川の雑木林に佇む汁守という名の、農業の神様を祀る社


 
 黒川に「汁守神社」というちょっと変わった名前の神社がある。創建年は不明だが、県の神社誌によれば、天明2(1782)年に社殿が再建されたとの記述がある。また台石に「天保」の文字が刻まれた参道の鳥居は、天保5(1834)年の飢饉を乗り切った村人たちが奉納したものだとも伝えられている。

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 ところで何故「汁守」なのか。汁守神社はその昔は「汁盛」と書かれ、武蔵国の総社である府中の「大國魂神社」の末社として祭礼(くらやみ祭)の時に汁物を供える役目を担った。それが名の由来だと言う。これに対し、黒川と隣接する町田市真光寺町には「飯盛神社」があり、同様に大國魂神社の祭礼時に飯物を奉納していたという。二社の主祭神は共に、農業の神様「保食命(うけもちのみこと)」で、汁守神社は、雨がやってくる巽(南東)の方角を向いて建てられている。

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 汁盛神社では、毎年9月に五穀豊穣を祈願する例大祭「風祭り」が行われる。かつてはこのお祭りの時に「龍頭の舞」と言って、2匹の牡獅子と1匹の牝獅子が、河童(水の神)の面を付けた舞人の音頭で、胸の太鼓を打ち鳴らしながら舞う豊作祈願の舞が奉納されていた。龍は雨の神で、太鼓は雷の神を表すと言う。龍頭の舞は大正3年に神社に新しい拝殿ができてから途絶えてしまい、現在では、祭礼の際に本殿に一対の獅子頭を飾り、野菜や神酒をお供えして参拝している。

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 神社の近くの雑木林の中には、柿生や黒川から、府中・八王子方面に抜ける古い街道が残されているが、江戸時代には黒川炭や禅寺丸柿の他、大國魂神社へ汁物を運ぶのにも使われていたと言う。
 
汁守神社社殿
汁守神社 社殿
 
参道の石段
神社に至る参道の石段
 
鳥居
天保と刻まれた鳥居
 
ヤブツバキ
境内にある保存樹のヤブツバキ
 
■汁守神社 麻生区黒川1(小田急多摩線黒川駅下車徒歩約5分)

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