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【風のタイムトリップ vol.12】町田市の自然公園に広がる 城主不明の広大な城 沢山城址


 
 上麻生7丁目と隣接する町田市三輪町の沢谷戸自然公園は、谷戸(谷間)に広がる気持ちの良い公園だが、その周囲の丘全体に渡り、城主のわからない広大な城址がある。この城は、三輪城、または小字の「沢」から沢山城とも呼ばれている。現在、城址は私有地だが、地主さんの厚意により、公園西口の脇の階段から尾根に登り、七面堂が立っている主郭と思われる所まで歩くことができるようになっている。

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 同城址に関する史料としては『新編武蔵野風土記稿』の三輪村の項に、七面堂周辺を「古塁の跡」と推察する記述がある程度だった。ところが近年、近くの民家から、戦国時代の八王子城主、北条氏照の印判状が発見された。欠字が多く発行年も不明だったが、専門家により「(豊臣秀吉の侵攻を前に)近隣の人馬を三輪郷に集め、城に集積してある米を江ノ島に輸送するよう命じたもの」と解読された。その後の発掘調査で城内から焼米が出土し、印判状の内容と一致していることが判明。同城は「北条氏が16世紀後半に築城した平山城であり、備蓄米の集積地の役割を果たしていた」と推測されたのである。またその地の利から、北側の鶴見川や並行する津久井街道を監視したとも考えられた。

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 2月も終わりに近いある日、暖かな春の日差しを受けて城址の尾根道を登った。まもなく濠切跡と思われる溝があり、そこから色とりどりの公園の遊具が見下ろせて、ほほえましい気分になる。左手には二郭跡と思われるスペースが広がり、さらに歩くと主郭跡へ至る登山口に至った。だがそこには「団体客の入山お断り」との札が掲げられ、同山の御祭神が七面大明神であり、地元の守護神として崇められてきたことが書かれていた。辺りには、腰郭跡ではないかと想像される、紅や白の野梅が咲くのどかな野原が広がっている。帰路は、地主さんの家であろう民家の脇を抜けて反対側の車道へ下りることができた。沢山城登山は、途中何ヶ所にも立てられた警告の札を見るにつけ、史跡を保存すること、特に個人で守り続けることの大変さを考えさせられた。
 
公園西口
沢谷戸自然公園西口
 
尾根道
城址をめぐる尾根道
 
沢山城祉全景
沢山城祉全景
 
登山口
七面堂が立つ主郭跡へ至る登山口
 
■沢谷戸自然公園
町田市三輪緑山4〜1〜18
(鶴川駅より「鶴08系統」バス「三輪中央公園前」下車、徒歩約5分)

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