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【風のタイムトリップ vol.13】寺尾台の丘上に建つ法隆寺夢殿のような八角堂


 
 読売ランド前駅から徒歩15分ほどの高台にある寺尾台団地内の第二公園の一角に、八角形をした石積の遺跡がある。同団地の造成に先駆けて行った遺跡発掘調査で確認された、歴史的建築物の基壇を復元したものだ。発掘調査は昭和26年から三度にわたって行われ、その結果、直径約9メートルの八角形をした基壇(建物の基礎部分)が発見されたのだ。

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 基壇は、深い竪穴の内部にローム土と黒色土を交互に詰め固めたもので、こうした入念な基礎工事は上に重い瓦葺きの建築物があったことを示しているという。
 ではこの基壇の上には、一体どんな建物が建っていたのだろう。八角形の建築物は建築学上、八角円堂と呼ばれ、現存するものでは法隆寺の夢殿が有名だ。復元された基壇の建立碑には、「東日本では数少ない八角形の仏堂の跡で、栄山寺八角堂(奈良県五條市にあり八角堂は国宝)と同じ規模だと思われる」とある。

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 基壇が発見されたのは、実はここから13メートル50センチほど高い山林の中であった。周辺に付属の建物を伴っていなかったことから、当初、八角堂は供養堂の一種ではないかと考えられていた。だが最近では、例えば武蔵国橘樹郡の郡寺といった公的性格を持つ建物ではないかとの説も出されている。またその建立時期については、屋根に葺かれた瓦の文様が「剣菱文様蓮華文(けんびしもんようれんげもん)」という特徴的な軒丸瓦であったことから、これまでは平安時代初期と考えられていた。ところが近年、ここから直線距離にして約5キロ離れた稲城市大丸の奈良時代の瓦窯跡から、同八角堂の瓦を焼いた窯が発掘された。このことにより、奈良時代(8世紀中頃)に建てられたものではないかとも考えられているという。

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 八角堂跡のある公園からは、雑木林の向こうに生田や菅の住宅街、その先には川崎街道に沿うビル群も見渡せた。春らんまんの風の中に、大丸の窯から屋根瓦を運び、丘へと登ってくる人々の姿が浮かんだ。
 
八角堂跡
寺尾台団地内の公園にある八角堂跡
 
八角堂跡
横から見た八角堂跡
 
建立碑
基壇の建立碑
 
公園からの眺め
公園からの眺め

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