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【風のタイムトリップ vol.14】弘法大師が植えたと伝えられる見晴らしの大松


 
 百合ヶ丘駅から柳通りを行き、10分ほどの所にある弘法松公園。ここには1956年まで弘法大師が植えたと伝えられる、樹高30m、周囲11mという松の大樹があった。言い伝えはこうだ。諸国を行脚していた弘法大師がこの地にやってきて、寺を建立するのにちょうどよい谷を見つけたが、谷の数が百にひとつ足りない99だったために建立をあきらめた。ところが立ち去る折りに、突いていた松の枝を地面に差したところ、次第に根が生え、いつしか立派な松に成長したという。
 こうして「弘法松」と呼ばれるようになった伝説の松は、古来、都筑郡と橘樹郡の境の峠にあたる見晴らしの良い尾根にあったため、津久井街道を行きかう旅人たちの道しるべになっていたとも言われている。

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 初夏の風が吹き渡るある日の午後、小高い丘の上にある公園に「弘法松跡」を訪ねてみると、胸のすくような眺望が広がった。眼下には津久井街道沿いの街並み、見上げれば遥か遠くに大山から富士山、秩父方面の山々の稜線が延々と連なっている。峠越えをする旅人たちは、ここで同じ眺めを楽しみながら憩いのひとときを過ごしたに違いない。
 ところで、弘法松にはこんな話も残されている。昔、目の見えなくなった母親のために、医者に薬を取りに行った若者が、帰り道に疲れて弘法松の下で眠りこんでしまった。すると「松の湧き水と松を煎じたものを飲むと母親の目が治る」という夢を見た。さっそく若者がその通りにすると、驚いたことに母親の目が見えるようになった。だが村人たちが辺りを探しても湧き水は出ないばかりか、噂が広まって松の皮を剥ぐ者が多くなってしまった。仕方なく村の役場が松の周りに柵を建てたが、その後、騒ぎは収まり、柵もいつの間にか朽ちてなくなったということだ。

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 弘法大師によって植えられたという初代の弘法松は、1956年に起きた火災によって一部が焼けてしまった。そして倒木の危険があったため、1960年にはすべてが伐採されたという。その弘法松跡に立てられた案内板は、「数回の代替わりを経て、現在のものは2003年に植栽された松」と説明している。この松が道しるべになるくらいに大きく育つのは、いつのことだろうと思いながら、公園を後にした。
 
弘法松
大正8年撮影の弘法松
 
植樹された松
新たに植樹された松
 
木陰のベンチ
木陰のベンチで眺めを楽しむこともできる
 
公園からの眺め
公園からの眺め

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