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【風のタイムトリップ vol.15】生田緑地の山麓にある古代人の横穴墓群を訪ねる


 
 生田緑地の北東端にあたる飯室山の北麓に、長者穴横穴墓群がある。横穴墓とは、台地や段丘の斜面に掘られた高さ2mほどの人の埋葬施設のことだ。日本では5世紀後半に九州北部で発祥し、6世紀に近畿から東海地方、7世紀には関東・東北南部まで分布が広がった。横穴墓の構造は、棺を置く「玄室」と外から玄室に至る墓道の「羨道」(えんどう)の他、「前室」や「前庭」が設けられている場合もある。横穴古墳と呼ばれることもあるが、古墳のように墳丘を持っていないので、正確には横穴墓とすべきだとする研究者もいるそうだ。

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 向ケ丘遊園駅から住宅街の路地を歩くと、すぐに長者穴横穴墓群の階段状の入り口が見つかった。うっそうとした木々に覆われた山の斜面には、木製の遊歩道が巡らされており、表通りの蒸し暑さがうそのような涼しさである。 
 長者穴横穴墓群は、1967年に宅地造成に伴う市の発掘調査により発見された。教育委員会の二度にわたる調査の末、三つの開析谷に全部で32基もの横穴墓が見つかったのだ。飯室層と呼ばれる泥岩層に掘られた奥行き3〜6m、幅1〜3mほどの横穴墓は、玄室と羨道からできており、前庭部が残るものもあったという。前庭部とは墓前祭祀を行うためのもので、奥行5m、幅3mほどの広さがあり、同横穴墓群では羽子板のような形をしているものが多かった。前庭部にはさまざまな形があり、時代順に四角形から台形、羽子板形へと移行していくとされる。玄室からは埋葬者の歯や骨の他、金環、勾玉、管玉、小玉、銅釧などの装飾品、鉄鏃、直刀などの武器、釘などが出土した。こうした出土遺物や横穴墓の形態などから、長者穴横穴墓群は、7世紀半ばから後半にかけて築造された、集団の家族墓や一族の墓と考えられている。

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 遊歩道を歩くと、手が届きそうなところに横穴墓の入り口がぽっかりと空いていた。これが古代の人の墓なのか。シダや雑草に覆われた暗い穴をのぞきこんでいると、まるで中に何かが潜んでいるかのように感じて、不思議な気分になった。
 
長者穴横穴墓群の入り口
長者穴横穴墓群の入り口
 
遊歩道
遊歩道
 
横穴墓
横穴墓
 
案内板
出土した副葬品の案内板

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