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【風のタイムトリップ vol.20】多摩の「よこやまの道」防人見返りの峠から黒川往還道へ


 
 多摩丘陵の尾根筋は古来、武蔵野と相模野の両方を見渡せる高台として、また西国と東国を結ぶ交通の要衝として利用されてきた。またここには、鎌倉古道や奥州古道、奥州廃道、古代の東海道などの歴史的に重要な古道が交差していたため、道筋には多くの史跡が残り、それにまつわる逸話や伝承が語り継がれている。現在、この尾根筋は、若葉台駅から徒歩15分の「丘の上広場」を起点として、尾根幹線道路とほぼ平行に、南大沢の長池公園までの約10キロが「よこやまの道」として整備されている。
 よこやまの道の名は、万葉集に詠まれた「赤駒を 山野に放し捕りかにて 多摩の横山 徒歩ゆか遣らむ」に由来している。律令時代、東国の男たちは防人(大化の改新で初見。東国兵士に限るようになったのは730年以降)として遠い筑紫地方(北九州)へ出かけ、国防警備の役に就かなければならなかった。男たちは東国から陸路、都へ向かい、大阪の難波津から船で瀬戸内海を渡り九州へ至った。生きて再び故郷の地を踏めることはほとんどなかったという。
 武蔵国豊島郡に住む宇遅部黒女という女の夫にも兵役が言い渡された。妻は夫に、手持ちのたった1頭の馬に乗って行ってもらおうと考えたが、出発の朝、馬がどこかへ逃げてしまった。前述の万葉歌はこの妻が「馬を捕まえることができず、夫に多摩の横山を歩かせてしまうのだろうか」と気遣ったものだ。この時代、多摩丘陵は武蔵国府中にある国府から眺めると横長に連なる山々だったので、「多摩の横山」や「眉引き山」と呼ばれていたのだった。
 よこやまの道を歩きはじめると、2キロ弱でこの歌碑のある「防人見返りの峠」に至る。富士山から丹沢、秩父の山並み、狭山丘陵までが見渡せる眺望の開けた広場に立つと、横山の尾根道で故郷を振り返りつつ妻との別れを惜しんだ防人の姿が浮かんでくるようだ。その途中には黒川方面への分岐路があり、はるひ野駅まで20分ほど。ここはかつて黒川の炭や柿生の禅寺丸柿を江戸や八王子方面に運ぶ瓜生黒川往還道であったという。
 
瓜生黒川往還道
瓜生黒川往還道
 
丘の上の広場にある案内版
丘の上の広場にある案内版
 
防人見返りの峠からの眺望
防人見返りの峠からの眺望
 
風のタイムトリップ 20回地図

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