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【風のタイムトリップ vol.22】穴澤天神の杜に奉納される山本頼信社中「江戸の里神楽」


 
 京王よみうりランド駅から高架に沿ってそそり立つ崖と川に挟まれた遊歩道を歩いていくと、間もなく右手に穴澤天神社へ続く石段が現れる。同天神社の創建は、孝安天皇の紀元前4世紀頃と伝えられるが、定かではない。延喜式神名帳に記載されている武藏國多磨郡穴澤神社ではないかと考えられる。現在の主祭神は少彦名命とされるが、もともとはこの地の土地神(穴澤神)を祀っていたという説もある。穴澤天神縁起によれば、1694(元禄7)年に地頭の加藤太郎左衛門が社殿を改修し、天満神社(菅原道真)を合祠したとある。
 ところで穴澤天神社では、毎年8月下旬に開催される例大祭に「江戸の里神楽」が奉納されるが、同天神社の宮司は、現在東京に4つある神楽の社中(いづれも重要無形民俗文化財)のひとつ、山本頼信社中の19代家元である。神楽は神霊を慰めるための神事舞で、古代に発祥した後、鎌倉時代に出雲流神楽が関東へと伝わり、江戸初期に江戸市中へと伝わって、江戸流神楽になった。江戸の里神楽は面をつけ、古事記や日本書紀などの神話の世界を演じる黙劇で、専業の「神楽師」が演じることを特徴としており、江戸や周辺の村々の神社の祭礼で盛んに奉納されたという。
 山本頼信社中の里神楽は、初代が室町時代の1373(応安6)年に、山本家の近くの国安神社で舞ったのが始まりとされている。「江戸名所図会」には国安神社の仮殿が描かれており、その建物で諸事の祈祷や神楽を舞ったのではないかと考えられている。山本家は神楽の社中を創始する以前から、代々神職を継承する社家でもあった。同家には、江戸時代中期の写本と思われる「神事式名録」という神楽の台本をはじめ、初代からの系譜を記した「山本神主神楽家継」や、演目や持ち物を記した数々の資料が残されており、この貴重な伝統芸能をいかに大切に受け継いできたかがわかる。
 山本頼信社中では、いまなお40数座の里神楽を演じており、その代表的な演目には、天之浮橋、天之岩戸、天孫降臨などの神話劇の他、能や狂言、歌舞伎を題材にした紅葉狩りなどの作品がある。穴澤天神社の例大祭の他にも、大国魂神社や近隣の神社の祭礼で、神前舞や里神楽を奉納しているという。
 
穴澤天神社
天神山の中腹にある穴澤天神社
 
社殿
社殿
 
山本頼信氏
天之浮橋で伊邪那岐を演ずる山本頼信氏
 
22回地図

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