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【風のタイムトリップ vol.27】小野路に眠る中世の山城をめぐる史跡


 
 今月は、先月ご紹介した小野路宿からほど近い、小野路城祉と周辺の史跡を訪ねる。
 

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 小野神社から田園風景が広がる小道を西の方に歩いて行くと、萬松寺の風情ある山門に出会う。萬松寺は鎌倉時代に宗興大和尚が開山した臨済宗の寺だ。境内に足を踏み入れると、まず流水紋様が美しく弧を描いた石庭に目を奪われる。よく見ると枯山水の所々には小さなキャラクター人形などが置かれていて、ほっと心が和む。江戸時代に刊行された「武蔵名所図会」によれば、この萬松寺の西方にその昔、仙人が湧出させた霊水があり、近隣の村人たちが患部に付けると一切の病気が治ったという。湧水は仙人水と呼ばれたが、後年、その噂を小野小町が聞きつけて訪れ、眼病を治したことから「小町井戸」と呼ばれるようになった。中世には小野路城の水源としても利用され、今もなお、水が絶えることがないという。
 萬松寺から木立の間を抜ける清々しい坂道を登ってゆくと小野路城祉に至る。小野路城は承安年間(1171年〜1174年)に、武蔵国小山田荘(現在の町田市小山田町)を本領としていた小山田有重が小山田城の支城として築いた城だ。その子、二郎重義が守護にあたったが、室町時代に入ると小山田は、扇谷上杉氏の支配下におかれた。そして1476年、長尾景春の乱が起きると小野路城は扇谷・山内軍の拠点となり、翌年、小山田城が攻め落とされた時に、小野路城も共に落城したと考えられている。主郭があったとされる広場には小さな社がぽつんと建っている。橙色のヤマツツジが少し悲しげに、強者どもが夢の跡に群れ咲いていた。
 
萬松寺
小野路の古刹、萬松寺。かつては小野路城祉一帯を所有していた。
 
小野路城
小山田氏が築いた小野路城。空堀や土塁が残る。
 
27回地図

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