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【風のタイムトリップ vol.28】緑濃い薬師堂で舞い継がれる菅の獅子舞


 
 多摩区菅の鬱蒼とした森を背に、まるで時間から取り残されたように佇む菅の薬師堂。ここでは今でも毎年、薬師様の命日にあたる9月12日に近い日曜日に、獅子舞が奉納されている。
 薬師堂は法泉寺のお堂として1187(文治3)年、当地の領主、稲毛重成によって建立されたもので、源頼朝が奥方と共に、信州善光寺に詣でる途中に立ち寄ったとの記録が残されている。獅子舞の由来は「薬師堂縁起」によれば、建立時に子どもたちによって舞われたとあるが、はっきりしたことはわかっていない。一方、「法泉寺文書」には、1771(明和8)年に途絶えていた獅子舞が復活したという記述があるので、それ以前に舞われていたことは確かだ。菅の獅子舞は、雄獅子と雌獅子、臼獅子と天狗の4人で舞う1人立3頭形式と言われるもので、この4人はその昔は、菅の家柄の良い農家の長男と決められていた。現在も4人揃って代替わりする習慣が守られ、前代の舞手が「親獅子」となって、次の4人を指導している。
 祭りの当日は、舞手たちは法泉寺で支度をし、行列を組んで薬師堂へ進む。白足袋にわらじを履くことから「旅獅子」とも呼ばれ、舞いの歌には旅の道中であることなどが歌われている。舞場に入ると、先導役の天狗をはじめ、3人の獅子らは胸に付けた羯鼓を打ち、風流歌を歌いながら地舞という舞を舞う。途中、天狗が獅子に絡んで道化を演じたり、臼獅子と雄獅子が雌獅子を奪い合う「雌獅子隠し」という見せ場もある。いずれにしても舞の基本は、祭場に練り込み、悪霊鎮め・悪霊払いをして退場するもので、五穀豊穣や疫病退散を祈願して奉納された。
 菅の獅子舞は2001年に県指定無形民俗文化財に指定され、菅獅子舞保存会によりその伝統が守られている。
 
薬師堂
菅の薬師堂
 
舞場
薬師堂境内にある舞場
 
28回地図

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