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【風のタイムトリップ vol.41】黒川の里山に佇む 毘沙門天が祀られたお堂


 
 小田急多摩線・黒川駅を降りて鶴川街道を町田方向に少し歩くと、右手の丘には汁守神社の森。その向かいのJAセレサ川崎・セレサモスの裏通りを進んでゆくと、やがて見渡す限りの稲田が広がった。
 古くから黒川の人々に守護神として祀られてきた毘沙門堂は、その稲田を囲む五差路から民家の間の小道を入り、突き当りの古い石段を登ったところにあった。
 新編武蔵風土記稿の「黒川村」の項によれば、「真言宗墨仙山金剛寺は、上黒川の毘沙門大堂の近くにあり、汁守神社の別当も務めた」とある。金剛寺は築年数こそ不明だが、汁守神社の別当とあるなら、それなりに歴史のある寺だ。また別の史料によれば、毘沙門大堂には行基(668〜749年)作の毘沙門天座像が祀られていたという。これから考えると、毘沙門大堂は8世紀にはすでにこの土地にあったことになり、金剛寺の山号が墨仙山(くろかわやま)とされていることから、黒川という地名もこの時代に遡ることがわかる。
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 石段を上まで登り小さな鳥居をくぐる。ふと見ると、その鳥居の足元に、石仏が何体か並んでいる。よく見るとすべての首が落とされているではないか。廃仏毀釈の傷跡といわれるが、なんと無残な姿だと胸が痛んだ。そして毘沙門堂は、それらの石仏の奥にひっそりと佇んでいた。毘沙門天は四天王のひとつで、通常は甲(よろい)と冑(かぶと)をつけ、手に宝塔を捧げて鉾を持っているが、黒川の毘沙門天は甲冑をつけない珍しい座像であった。ところが1995年に盗難に遭い、今は小さな毘沙門天立像が収められているという。古びた小さなお堂の前に立ち、中を覗くとなんだか悲しい気持ちになってきた。石段を下り、もと来た通りに出ると、黄金色の稲穂が秋風にさわさわと揺れていた。
 
毘沙門堂
毘沙門堂
 
石仏たち
鳥居下に並ぶ哀しい石仏たち
 
黒川の稲田
黒川の稲田
 
41回 地図

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