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【風のタイムトリップ vol.43】二ヶ領用水を尋ねる旅 《前編》上河原堰から中野島まで


 
  1590(天正18)年、関東6か国に所領替えとなった徳川家康は、江戸近郊の治水と新田開発に取り組み、用水奉行の小泉次大夫に用水路の建設を命じた。次大夫は1597年から稲毛領と川崎領にまたがる「二ヶ領用水」の建設に着手。14年の歳月を費やし、北橘樹郡(稲城市と川崎市のほぼ全域)の計60か村、約2千町歩に広がる長大な水路を完成させた。用水のおかげでこの地域では新田開発が進み、稲毛米と呼ばれる上質な米の生産量が増大したという。
 現在の二ヶ領用水は多摩区布田の上河原堰で多摩川から取水し、中野島で旧三沢川と大丸用水の一部が合流。登戸で山下川を、東生田で五反田川を合わせて、高津区久地で新平瀬川に合流している。そのうち旧三沢川の合流から新平瀬川に合流するまでの流れを「二ヶ領本川」と呼んでいる。ある日、この二ヶ領本川に沿って歩いてみようと思い立ち、多摩川土手近くの上河原堰取水口の水路を出発した。すると、これまで全く知らなかった川辺の美しい風景が次々と現れ、驚いた。南武線の踏切が見える辺りの歩道に「環境悪化する河川に、治水・利水に加えて水と親しむ『親水』機能の必要が叫ばれ、動植物との調和をはかり住民が憩う場となる水辺空間の整備を行った」という案内板があり、この景観美が在る訳がわかった。
 大丸用水との合流地点である「なかのしまはし」や中野島小学校沿いを通り過ぎ、初秋の情景を楽しみながら歩いてゆくと、広い車道との交差地点に出た。道を渡ると橋の袂に方位石があり、これから向かう方角には「登戸を経て榎戸高津方面」、左手には「富字を経て調布町方面」、その反対には「土淵を経て高石柿生村方面」と記されていた。さてどっちへ行こう。用水の旅が楽しくなってきた。
 
川辺の風景
秋の草花が風に揺れる川辺の風景
 
取入口整備ゾーン
布田上河原堰の取入口整備ゾーン
 
方位石
四面に行き先が記された方位石
 
43号地図

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