麻生区・新百合ヶ丘エリアの地域情報紙 マイタウン > 連載・コラム SERIES > 風のタイムトリップ > 【風のタイムトリップ vol.45】鎌倉道と甲州道中の辻に今も残る府中宿高札場

連載・コラム SERIES

【風のタイムトリップ vol.45】鎌倉道と甲州道中の辻に今も残る府中宿高札場


 
 麻生区の各所に今も残る「鎌倉古道上ノ道」は、多摩川を越えると武蔵国府を経て、所沢、狭山そして前橋の上野国府へと続いていた。武蔵国府は江戸時代、甲州道中の府中宿が置かれて大変に栄えたが、この甲州道中と鎌倉道が交わる辻に立てられていたのが「府中宿高札場」であった。
 高札場とは幕府が定めた法度や覚書などを庶民に知らしめるため、宿場や名主の家の前などの目立つ場所に、板札などに記して掲げたものである。江戸には日本橋などの大高札場をはじめ40か所ほどの高札場があったというが、多摩地域で現存しているのは、東大和市の蔵敷高札場跡とここ府中宿の2か所のみである。
 かつて木曽路の奈良井や木曽福島宿の高札場を見たことがあったが、府中宿の高札場を訪れてみると、思ったより大きく高々と掲げられているのに驚いた。高札場の背後にある囲い地は府中大国魂神社の御旅所で、5月の暗闇祭りの際、お神輿はここで一夜を明かし、神社へ戻るのだという。
 府中宿高札場は、先述のように東西に走る甲州道中と北への川越街道、南への鎌倉道との交差地点にあり、街道を往来する人々にお触れを公示するには最適の場所であった。通りを挟んである黒壁の重厚な建物は、現在も酒屋として営業している中久本店。1859(安政6)年に府中宿に大火があり、2年後に防火建築物として再建されたもので、当時、隣地には問屋場(街道の宿場で人馬の継立などの業務を行うところ)があったという。この界隈は「札の辻」とか、道が鍵形に交わるところから「鍵屋の辻」とも呼ばれていたが、今でも通りには往時を思わせるような古い店が残されている。目を閉じると、街道を行きかう旅人や大道芸を見物する人々などの賑わいが聞こえてくるような気がした。
 
高札場
府中宿の高札場。ここに6枚ほどの札がかけられていたという。
 
府中宿碑
府中宿は甲州道中の7里半に位置し、国府や総社がある武蔵国の中心で、大変に栄えた宿場であった。
 
中久本店
高札場の向かいにある中久本店。
 
地図

カテゴリー
CATEGORIES

連載・コラム SERIES