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【風のタイムトリップ vol.46】多摩川で晒された麻生村の麻布の話


 
 麻生区の名が、古代から麻が広く栽培されていたことに因むことは、区民の誰もが知るところである。麻の種は春分の頃に捲かれ、枝先に淡い黄緑色の花をつけて2メートルほどに育つ。そして7月半ば、「夏麻引く」と詠まれたように、収穫の時期を迎えるのだ。
 ところで麻から紡がれた糸は布に織られて「布晒し」される。布晒しとは麻で織った布がそのままではゴワゴワと固くて肌にはつけられないため、しばらく灰汁に漬け置き、臼の中で何度も搗いて川の水で晒すことだ。これによって布がやわらかくしなやかになると同時に、布を漂白する効果もあったという。 
 川崎市の多摩川対岸に位置する調布や府中の川原では、昔から水質が布晒しに適していた上、浅瀬があって布晒しの作業に適していたため、季節になるとそこここで布晒しが行われていた。当時、麻の栽培から収穫、布晒しはすべて女性の仕事で、そうした情景が万葉集にも詠まれている。
「多摩川にさらす手作り さらさらに 何そこの児のここだ愛しき」 —多摩川の清流で、さらさらと布をさらしているよ。それにしても、この娘はどうしてこんなに可愛いのだろうか。
 こうした「布晒し」は漂白した後、布を染色するためでもあったが、府中市白糸台には昔、この周辺が「布を染めた場所」であったことを伝える「染屋不動尊」がある。境内の説明板によれば「染屋」の名は南北朝時代の史料にすでに現れ、そのいわれは、調(律令時代の税のひとつ)の布を染めた場所であるとか、鎌倉時代に「染殿」があった場所であるとか伝えられているという。染屋はいつの時代からか上下に分かれ、江戸時代にはもともと多摩川のほとりにあった上染屋の村落が、洪水を避けてここに移されたようだ。
染谷不動尊境内の宝物殿には、新田義貞軍の守護神と伝わる重要文化財の阿弥陀如来像が安置されている。
 
多摩川
布晒しが行われていた府中〜調布の多摩川
 
染谷不動尊
 
染谷不動尊境内
染谷不動尊境内の宝物殿には、新田義貞軍の守護神と伝わる重要文化財の阿弥陀如来像が安置されている。
 
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