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【風のタイムトリップ vol.49】箱根温泉の今昔物語 秀吉の湯治場から外国人客の保養地へ


 
 麻生区から最も近い、古い歴史を持つ温泉地と言えば箱根。箱根は奈良時代の8世紀初めに、釈浄定坊が発見した「惣湯(そうゆ)」と言われている。全国的に知れ渡るようになったのは、戦国時代に豊臣秀吉が小田原攻めをした時で、小田原軍の兵士たちが戦の疲れを癒すために利用したという。江戸時代になると、庶民の間で湯治旅行が大ブームとなった。特に箱根は江戸の人々が気軽に行ける行楽地として人気があり、大山詣でを口実に箱根七湯(東海道沿いの湯本をはじめ、塔之沢、堂ヶ島、宮ノ下、底倉、木賀、芦之湯)の湯めぐりに出かけたと言う。全国温泉番付でも宮の下や芦之湯は東方の上位にランクインしていた。
 明治になると東海道線が国府津まで延長されたのに続き、1888(明治21)年、国府津—箱根湯本間の馬車鉄道の営業が開始。箱根湯本の旭日橋の手前広場までの12.9キロの鉄路の上を、2頭立ての馬車が箱根への観光客を運んだのである。その後、同路線では電化計画が進められ1900(明治33)年、小田原電気鉄道が運転を開始。さらに1911年、この延長線となる箱根登山鉄道の運行が始まった。
 一方、この箱根の宮の下の地に初めて外国人客専門のリゾートホテルを開業したのが、牧畜業を志し20歳で渡米した山口仙之助である。帰国して慶応義塾に入学した仙之助は、福沢諭吉に国際観光の重要性を説かれ、牛を売却した資金でホテル開業を決意した。在日外国人の憧景が箱根と富士山だったこと、温泉が湧いていたこと、東京・横浜から近かったことが箱根を選んだ理由であった。こうして1878(明治11)年、仙之助は箱根宮ノ下の老舗旅館を改築して「富士屋ホテル」を開業した。
 ホテル開業に伴い道路も開通し、宮ノ下までは人力車が通れるようになったが、箱根観光のための山道用には、二本の棒に椅子を括りつけて4〜6人の人夫で運ぶ「チェア」が発案され、春秋のシーズンには、300人ほどの担ぎ人たちがホテルの周りを取り巻いたという。
 
鷹巣城跡看板
1590年、秀吉の小田原攻めに際して、後北条氏が箱根山に築いた鷹巣城跡。
 
スイッチバック
箱根登山鉄道の名物、スイッチバック。これまでと反対に進むための停車場。
 
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